短歌で読む昭和感情史― 日本人は戦争を どう生きたのか
短歌で読む昭和感情史― 日本人は戦争を どう生きたのか 平凡社 菅野正
たまたま タイトルにある「 短歌で読む 昭和 感情 史― 日本人は どう生きたのか」 平凡社
菅野正雄 著を手に入れた。 昭和 の戦争の時代 を詠んだ 人々の短歌を掲載し コメントをつけた 大作である 。
小学生と 短歌
これらの短歌は 1979年に 発行された 昭和万葉集 講談社 全部で20巻、 から取られたものである。これらを下記に紹介する。
☆食う草よ草よと誰もみな花見にと来て草をつむなり 山田尚子
食うくさとは食べられる 草のことで せっかく花見 にみ来たのに 誰もみなああ食べられる草があると夢中で摘んでいるという歌。
日本は太平洋戦争がおわった 昭和20年の 前の年の4月、 中国の戦場でも 南方の戦場でも 日本軍の劣勢は 明らかだった 。国内では 食料など あらゆる物資が不足していて 人々は 苦しい生活を 強いられていた 中で、 お花見に行った 13歳の少女が 詠んだ 歌
*は私のコメント、
*私は 福井市の生まれで 終戦のとき 4歳であった。 福井市の郊外 に疎開したが 食べるものに困り さつまいもの葉っぱとか 田んぼにいる イナゴを 母と取りに行って 焼いて食べたことを覚えて
いる。黄色のイナゴがとても美味しかった。
短歌で読む昭和人情史2.-日本人は戦争をどう生きたか
昭和16年 来たるべき戦争に備えるために それまでの 尋常小学校 から国民小学校に 変わった 。その教科書に無名人の国民が作った短歌七首が初めて採用された。
6. 晴れたる空
①すがやかに 晴れたる山を あふぎつつわれ御戦 の一人と なりぬ
②父 母の国よ さらばとよ 手を触ればまなぶた熱しますら男子も
③仰ふぎ見る マストの上 をゆるやかに 流れる雲は 白く光れり
④江南のしらじら あけを攻め進む すめら御戦うしをのごとし
⑤蘇州まで さえぎる山も大岡もな はるばるとかすみ 水牛 あゆむ
⑥ わらべ らは 小さき笑顔を並べつつ 兵に唱歌ををそはりてゐる
⑦白々と あんずの花の咲き出でて 今年も春の 日ざしとなりぬ
これらの短歌には 作者名が書かかれていない。 無名の人たちの歌で ある。また兵隊が作ったものであることは 容易に推測できる。 5番目の歌 などは 江南 デルタにある 蘇州まではなにも遮るのは何もない 。こういうところが 戦場に なったのだ。6番目の歌は 現地の小学生たちが 笑顔を浮かべながら、 兵隊から歌を習っている風景。
こういう中で日本は中国と戦争を行ったのだ。